直感からの脱却で、ファンクラブ数230%アップ。Bリーグのクラブがデジタル改革でみつけた、ファンの想い
新進気鋭の「B.LEAGUE(Bリーグ)」。その幕開けは、見るもの全員を圧倒するような演出でした。コート一面に設置されたLEDビジョン、選手の動きに合わせて映し出される鮮やかな映像。多彩な光と音が織りなす空間は、これまでの「バスケ」のイメージを覆すほどのインパクトを残しました。
革新的な取り組みは、そのマーケティング戦略にも表れています。コアターゲットである若者や女性に向けたスマホファースト戦略や、SNSの積極的な活用など、デジタルを巧みに利用した様々な施策により、開幕から4年連続で入場者数を増やしています。
※4シーズン目は新型コロナウイルスの影響からシーズン途中で中断
一連のデジタル施策のなかでも期待が高まるのは、観客一人ひとりの行動や好みに寄り添った観戦体験を実現する“観客データの活用”。
Bリーグ全体でチケットシステムを起点としたデータマーケティングが推進されるなか、他の追随を許さないスピード感と実行力を武器に、集客数を伸ばしているクラブがあります。
名古屋を拠点に活動するプロバスケットボールクラブ、名古屋ダイヤモンドドルフィンズです。
1950年に三菱電機名古屋製作所で創部したドルフィンズは、実業団時代を経て、2016年にBリーグへ参戦。過去4シーズン、B1チームとして激戦を闘い抜いてきました。
開幕から4年間でファンクラブの会員数は230%増加。2019–20シーズンにおける平均来場者数(1試合あたり)の伸びは目覚ましく、昨年対比124%を叩き出しました。これは、2019–20シーズンのBリーグにおいて、トップ3に入る成長率です。
ドルフィンズの1試合における平均来場者数、ファンクラブ会員数の推移
こうした急成長の裏側には、どのような物語があったのでしょう? Bリーグの開幕前年にドルフィンズへ入社し、4シーズンに渡ってクラブのマーケティング戦略に尽力し続けた園部祐大(そのべ ゆうだい)氏にお話を伺いました。
そびえ立つ「認知度」の壁、手探り状態で戦略を考えていた
2016年9月、日本の男子プロバスケットボールリーグとしてBリーグが開幕。参戦に伴ってクラブ名を現在の名称に変え、実業団時代は水色だったクラブカラーを赤に塗り変えたドルフィンズですが、変化はその“外側“だけでなく“内側”でも起こっていました。
「運営方針として、集客の優先度が上がりました。実業団時代はリーグ内でもチームの成績が評価指標の軸にあった印象ですが、Bリーグ開幕後は入場者数も注目されるようになったんです。それを受け、クラブ全体でも集客をアップする戦略に注力するようになりました」
とはいえ、実業団時代のプロモーションはほぼゼロ。開幕の初年度から宣伝に本腰を入れ始めるも、厳しい現実を突きつけられます。
「当時、Bリーグが実施したクラブの認知度調査において、愛知県内におけるドルフィンズの知名度は20%だったと記憶しています。名古屋はプロ野球やJリーグが活発な地域ですから、Bリーグそのものの関心度も低かったのかもしれません。そのうえ、県内にはB1だけで3つのクラブが存在するので、地域内のBリーグの認知度を上げても、ドルフィンズの集客につながる可能性はあまり期待できませんでした」
出だしから不利な状況でしたが、スタートを切ったからには、前に進むしかありません。初シーズンは無料招待で観客にまずはプロバスケットボールの世界観を体験してもらい、来場経験のあるお客様にメルマガを送り続け、少しずつファンの輪を広げていきました。
しかし、当時は何もかもが手探りの状態。2シーズン目までを終えて分かったのは、「そもそも、お客様のことをよく分かっていない」という事実でした。
「例えば、無料招待で来てくださった方々がファンクラブに加入したかは把握できても、それ以降の来場有無や頻度は把握できていませんでした。当時は小学生の子どもを持つ母親をメインターゲットにしていましたが、その理由も『一番効率的にアプローチでき、一般的に女性をターゲットとすることが王道と評されていたから』で……。ちゃんとした根拠もないままに、正直、感覚で取り組んでいた部分もありました」
ファンの声に耳を傾け、ターゲットと戦略の基盤を明確化へ
集客を増やし、より多くのファンに観戦を楽しんでもらうためにも、まずはファンのことを深く知る必要がある — — 。
そう確信した園部氏は、2シーズン目を終えてIDENTITYと共同で、UXリサーチに乗り出します。
この調査の特徴は、アンケートやインタビューといった手法に加え、一定期間、調査対象者と行動を共にすること。その詳細を観察する中で、ユーザー自身も“言語化できない”、潜在的なニーズや課題を発見しやすくなります。
まずは、ファンクラブの会員に向けてメールでアンケートを送付。「1シーズンに4回以上来場してくださった方をコアファン」と仮定した上で、コアファンの属性や、4回来場するまでの経緯や行動について質問し、そこで得られた定量的な意見を深堀りするために、回答者から数組に対面でのインタビューを実施しました。
加えて、承諾が取れたファンの観戦時の行動観察もスタート。ファンと行動を共にしながら、会場内外でどのような顧客体験を提供できているのかを調査します。
ドルフィンズが注力すべきターゲットは誰なのか、ファンが価値を感じている体験はどこにあるのか? 一連の調査から、いくつかのインサイトが得られたと言います。
「小学生以下の子どもを持つファミリー層が、より試合を楽しみ、ファンになってくださる傾向が強いと分かりました。1シーズン以内に2〜3回観戦した方の多くがファンクラブに入り、加入後は積極的に来場してくださることもです。また、来場後の動向を時間軸で分析し、観客の満足度や熱量の動きをグラフ化して、ファンクラブの勧誘のタイミングも図りました。結果、感情曲線がピークに達する試合の後半から会場の外に出るまでが勝負だと分かったんです」
これをもとに3シーズン目では、ファミリー層をターゲットに、会場内でのファンクラブ勧誘に注力した結果、会員数は約2,000人から約5,000人に、ファンクラブ会員1人あたりにおける1シーズンの来場数は、平均5回から7回に増えました。
あらゆる数字が順調に伸びるなか、平均来場者数だけは2,680人から2,710人の微増に止まり、B1内の18クラブ中13位の結果に終わります。
4シーズン目の課題が、浮き彫りになった瞬間でした。
「ファンクラブの会員数も増え、リピート率も上がりましたが、新規のお客様に対するアプローチが不十分だったと反省しました。バケツの穴は塞げても、新しい水が入らなければ、バケツの水は永遠に溜まらない。試合会場を満員にするため、4シーズン目は、新規のお客様を含め、ライト層が会場に足を運ぶ機会を増やす方向にシフトしました」
「忘れられない」観戦体験を、お客様のデータから築き上げる
3シーズン目を終え、園部氏はリーグのチケッティングシステム変更を好機と捉え、CRM(顧客関係管理)システムを活用し、観客に関する独自のデータベースを構築。これまでのインタビューの結果から、再来場のハードルは「きっかけがない」ことだと分かっていたため、無料招待で初来場した観客に対し、CRMを活用したアプローチを展開し始めます。
「初来場からしばらく期間が空いてる方たちに対して、メルマガで招待や割引を送り、ドルフィンズを思い出してもらうきっかけを作ったんです。結果、CRM経由で1,266名が再来訪してくださいました。いつもは対戦相手によって試合に行くか否かを決める方にも、『この価格なら、もう一度アリーナに行こうかな』と思ってもらえたのかなと思います」
「ただ、お客様のなかで無料や割引が当たり前になってしまうと、ビジネス的には健全ではありません。工夫として、キャンペーンのメルマガを送るときは、しっかりと“理由”をつけるようにしました。強豪相手の試合を『ボス戦』と名付け、『強豪に勝つため、一人でも多くの人に応援してもらいたいから』と割引につなげたり、名古屋への感謝を込めて、名古屋市民に限定してチケットの料金を『758(ナゴヤ)円』でオファーしたり……。むやみにキャンペーンをばらまき、不公平感が出ないよう、頻度や対象者のバランスは徹底的に考えました」
ここで重要なのは、久しぶりに来場したお客様の満足度を高め、次回以降の来場につなげること。会場内の誰もが楽しめる環境を作るため、お客様の行動や感情に関するアンケート結果をもとに、会場の演出もフルスクラッチで作り替えました。
「ハーフタイムに入った瞬間が一番盛り下がる傾向にあったので、お客様参加型のアトラクションを導入しました。それまではハーフタイムの手持ち無沙汰から、トイレや喫煙所、ロビーなどに人が集中し、混雑に対する不満が高まっていて……。新しいエンタメを導入したことで観客の多くが席に残り、ハーフタイム時の行動が分散。局所的な混雑も緩和したと思います。また、名古屋で人気のタレントをMCに迎え入れたり、DJタイムを設けたり、ライブショーのような空間を演出して、試合以外でも楽しい雰囲気づくりをメインディッシュである試合のアクセントとして導入したのも良かったかなと」
観客の感情曲線をもとに、会場の演出を再設計した
シーズン中もNPS(※1)調査を実施して、来場者の満足度を測りながらチューニング。「常に盛り上がる演出があり、楽しかった」「早くから会場入りしても退屈しません」といった意見が多数寄せられ、期待以上の評価を得られたと言います。
※1:11月以降のホーム開催試合、13試合を対象に実施。計算方法は、[推奨者(10〜9点)割合]ー[批判者(6点以下)割合]=NPS としています。
それ以上に一連の効果を実感させたのは、割引や無料招待をきっかけに来場した方のLTV(※2)の高さです。4シーズン目からチケットやグッズ、フードの購買データを計測し、個々の売上単価を算出したところ、その多くが2回目以降の観戦チケットを定価で購入。割引や無料招待でかけたコストに対して黒字の結果となりました。
※2:顧客生涯価値。顧客が生涯を通じて企業にもたらす利益のこと。ここでは、2019–20シーズンからの算出結果を表しています。
新型コロナウイルスの影響でシーズンは打ち切りになったものの、平均来場者数は2,711人から3,351人と昨年対比で24%増加。Bリーグ3位の伸び率を叩き出したのです。
データを活用した観戦体験の拡大、“名古屋のシンボル”へ
“Bリーグ”という名の大海原を、一息にかけ抜けるドルフィンズ。その勢いは、止まることを知りません。
2019年から本格始動した「お客様のデータに基づいた体験設計」を、来季以降は会場内のフードやグッズにも拡大していくと、園部氏は宣言します。
「演出に関する満足度は高まった結果を得られたものの、グッズやフードに関しては発展途上な部分がまだまだあります。アンケートなど、お客様からの声を反映していくことはもちろん、独自のデータベースから得られたお客様ごとの会場内の行動……例えば、グッズの購入履歴から好みや推しの選手を予想して、個別におすすめのグッズをメルマガで提案することも積極的に取り組んでいきたいです。
そういったデータを蓄積し続けることで、グッズやグルメに止まらず、全体的に精度の高いサービスを提供するのが理想ですよね。これまでの分析から、春日井市と一宮市に住むお客様のLTVが高いことや、同じ小学生のお子さんを持つ母親でも40代より30代のリピート転換率が低く、なのにLTVは高い傾向にあることが分かっています。それらの背景にあるお客様のニーズをどう戦略に活かすか、具体的な案はまだこれからですが、それぞれのエリアと年代に応じたサービスを提案していけたらなと」
できることが増えれば、やりたいことも増える — — 園部氏の口からは、データを活用したマーケティング戦略の構想が、次々と飛び出します。
「席種やグッズの購入データは、スポンサーセールスにも活かせそうですよね。例えば、ファミリーをターゲットにするBtoCの企業に対しては、ファミリー層がよく座る席のネーミングライツを販売したり、よく購入するグッズに似たノベルティを席に付けるなどの提案もできる。お客様にとっても、自分がよく座る席に、地場の企業から自分好みの付加価値が提供されるのは嬉しいのかなと思います。お客様のデータをもとにスポンサーへPR提案をし、それが会場体験の改善につながり、最終的にお客様の満足度に還元される。そんな循環が生まれることを期待しています」
「データマーケティング」と聞けば、どこか無機質な印象を受けるかもしれません。しかし、その戦略や展望を語る園部氏の言葉には、たしかな「熱」が感じられます。その正体は間違いなく、ドルフィンズを支えてくれる「ファンへの想い」です。
「費用対効果が見えづらいと、会場の装飾や演出は際限がないため『どこまでが必要なのか?』という議論になりがちで、正直、今はそれらのエンタメがどれくらい売上に直結しているのか把握できていません。ただ、これまでのアンケートからも、会場の“非日常体験”を魅力に感じ、喜んでくださっている方は多いんです。お客様がアリーナに戻ってきたときにガッカリしないように、これまで築いてきた体験をちゃんと守っていく必要がある。会場のエンタメ性がお客様の満足度だけでなく、売上にも直結することを定量的に測り、経営上のリターンが大きいことも示していく計画を立てています」
意気込みを語るその目には、一寸の迷いもありません。
「名古屋市民が、胸を張って『自分たちの誇るべきシンボルだ』と言えるもの。ドルフィンズはそこを目指しています。この会場にくるとアイデンティティを感じてワクワクする、スタッフのサービスが誇らしくて心地いい……そう感じてもらえる環境を、定性、定量の両軸から作り上げたい。ドルフィンズがある名古屋の街っていいよなって、お客様に思ってもらいたいですから」
(取材時点:2020年6月5日)